●085 景清息女の歌 かげきよそくじょのうた 〇みだれしかみにやぶれしきぬ

 表題:景清息女の歌
 読み:かげきよそくじょのうた

 収録:

 記譜:

 インチピット:

 曲:犬童信蔵 ※曲があるか不明
 詞:犬童信蔵


[詞] ※球磨郡誌 球磨郡教育支社 1941(S.16)より

1.亂れし髪に破れし衣 身を乞食にやつしつつ
  門邊に立ちて物を乞ふ みめ美はしき少女あり
2.これぞ平家の上掾iじゃうらふ)と 數多の人にかしつかれ
  愛と惠をあつめてし 昔の春は夢なれや
3.驕る平家は長からず 都を後に一の谷
  八島の海や壇の浦 つくる運命(さだめ)を如何にせん
4.とり遺されし少女子は たよらん方も無きままに
  主なき宿を立ち出でて 行くへ定めぬ捨小舟
5.父景清をたづねんと 軒にたたずみ野べに寝(い)ね
  杖に其の身を支へつつ 涙の旅も幾月ぞ
6.風の便りを頼みにて 球磨の縣(あがた)に迷ひ入り
  茲(ここ)宮原の草野原 疲れし身をぞ運びける
7.時しも秋の夕まぐれ 行手掠(かす)むる黒き猫
  避けて倒るる折も惡し 禍事(まがこと)身にぞ降りかかる
8.あたりに殘る胡麻稈(わら)に 片への眼(まなこ)つき刺して
  得たへぬ痛み忍びつつ とある伏屋に打臥しぬ
9.たよる醫師(くすし)もあらざれば 幸無きわが身かこちつつ
  涙にぬるる手枕に 通ふはあはれ三味の音
10.合せて歌ふ言の葉の 身にしむ中の一節に
  「嗚呼景清は白波の 消えて跡なき海の遠(をち)」
11.それを聞くより乙女子は 胸もつぶるる悲しみに
  消え入る如き心地して 現(うつつ)心もなかりけり
12.嗚呼如何なればかくばかり 幸なき身とは生れけむ
  みそらを仰ぎ地に伏して 泣き悲しむぞ哀れなる
13.今は現世(このよ)に父上と あひ見む術(すべ)もつきはてぬ
  惜しくもあらぬ此の命 生き永らへて何かせん
14.逝きて彼の世のみ佛の みひざの前に咲き出づる
  蓮華(はちす)のもとにひざまづく 父に相見んうれしさよ
15.肌身離さぬ錦地の 記念(かたみ)の旗を伏し拝み
  秘めし短剣(やいば)をとり出でて 今こそあだと切りすつる
16.やがて容(すがた)を更(あらた)めて 亂れし髪を梳(くしけづ)り
  西に向ひて手を合せ 念佛いふも胸の中
17.暫し涙にむせびしが 雪なす咽喉(のんど)忽ちに
  唐紅に染められて 蕾は花は散り失せぬ
18.里人これを聞き傳へ 老いも若きも打寄りて
  野べの送りも型のごと 哀の少女葬りつ
19.其れより此處を「切畑の 村」となづけて黒猫を忌み
  刈りて遺れる胡麻稈は 彼方の野べに焼くといふ
20.たてる石碑(いしぶみ)苔むせど 哀の少女語りつぎ
  往來の人の手向(たむけ)する 香の烟ぞ絶えまなき
21.ああ掾iらふ)たけし乙女子よ 此の世の幸ぞ少なけれ
  今は樂土の園に咲く 花一輪は永久(とは)にして


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