■「床中微吟」の読み下し(試行) B1-2
                       梅澤作製(2023年夏)

 ※球渓はこの年の10月18日に亡くなっています。
 ※中に遺書に用いた和歌があります。
 ※一部読めないところが残っています、また間違いも……(容赦)。



昭和18年

 「床中微吟」

   昭和十八年晩春以来病床ニ臥シ無聊禁ゼズ

   思索ニ悶(もだえ)ヲ遺(や)ル。唱スベキナキモ後來ノ思ヒ出トス


   床中田植を見る

・綱張りの声の合図に十五六 白き菅笠揃ひて動く

・馬子も馬も泥にまみれてさながらに 急ぐ田植も戰場(いくさば)に似る

・さらさらと垣の茶を摘む其音に 長き春日の夢さめにけり

・怠(おこた)らずむしりしものを庭の草 思ひの儘(まま)に茂るわびしさ

・如何なればこの世急ぐかのうぜんの 咲くより早く庭に散りしく

・夜もすがら眠りもやらでさみだれの わびしき音を聞き明す哉

・漸(ようや)くに夢を結べば心なく 天井低く鼠騒ぐも

・命をば神に任せて我居れば 此いたつきの苦しみもなし

・六十路余り此世にあれば 大方の友はも逝きて心淋しも

・為す事の繁き此世に何事も 為し得ず寝ぬる身こそつらけれ

・麦たたく音勇ましく聞ゆなり 我起き出でて藁結ばんと

・干す麦の一粒毎に田人等の 汗のしづくの光る尊とさ

・夏祭り花火もなくて童子(わらべ)等の 喜ぶこゑもきかぬ淋しさ

・大神の青井の宮のなごし祭 年毎欠けず詣でしものを

・麻の皮剥ぐと喜ぶわらべ等に 交りてはげば昔偲ばる

・中学の孫の麦刈奉仕すと 敏鎌(とがま)持つ手を危ふく思ふ

・う孫等は今日も田植の奉仕なり 心なき雨小やみなく降る

・う孫等はかぶる笠なし蓑も無し 雨に打たれて田植すらんか

・病床の我を見舞ふかつくづくし

・草とりの唄吹き入るる北の窓

・朝顔の花けさ幾つ咲くと呼べど 狭き臥床(ふしど)を我出で兼ねつ

・力なく窓押しあけて眺むれば 色褪せはてし朝顔の花

・杖にすがりし厩(うま)やの後(うしろ)見回れは 枝にへちまの長く垂れたる

・年毎に愛でて食(た)うべし花茗荷 低くかがみて採るもうたてき


  病中盆會を迎ふ四首

・うら盆会狭き臥床に迎ふれば 枕のもとに燈籠(とうろう)光る

・送り火を道にともせば何となく 又来ん今宵そぞろ忍ばる

・健(たけ)き身に早くなれよと父母の のたまふ如きみ聲聞ゆる

・燈籠を明く燈してぬかづけば 亡き俤の朧に浮ぶ


  庭樹に蝉、日ぐらし、つくつくしなど來鳴く

・病床の我を見舞ふかつくづくし(再録)

・岩に沁む蝉の声にはあらねども 瘠せし腕(かいな)に注射沁み入る

・長き日をいかにせましと思ひ居れば 庭の木蔭に日ぐらしの鳴く

・病床に寝ぬるはつらし決戰の 大き事ある今日の此の日に

・思へども起き出で兼ねつ庭の面(も)に 落ちし椿の實を拾はんと

・我れ死なば 焼きて砕きて粉にして 御国の畑(はた)のこやしともせよ

・我れ死なば 焚いて燃やして灰にして 向ひの岡に風葬をせよ

・我れ死なば 強く彼の世に生れ出てて 思いの儘に働らきて見ん

・我れ死なば 足も腕(かいな)もくろがねの 強きからだに又生れけん

・瘠腕を刺すなあちらに行けやぶ蚊

・病床も早初秋(はつあき)となりにけり 枕のもとに虫の聲する

・あきつとぶ大空高く晴れにけり 病む我心いつか晴べき

・うなゐらがたてて喜ぶ七夕の 五色の紙にそよぐ秋風

・日毎日毎枕の下に見る西瓜 神の惠に涙こぼるる

・五つ六つの早稲の穂見ゆと呼ぶ聲に 窓おしあけて見るが楽しさ


  八月二十一日 二男不二男帰りたれば

・楽しみて帰りたらんをいたつきの 床に迎ふる心苦しさ

・見るからに強き身をもて帰り來し 汝れをし見れば心嬉しき

・一夜(ひとよ)居て帰るといふを勤め故 止め得ぬ〓のせん術もなき

・いつか又会い見る事もあるべしと 思へど淋しけふの別れの

・いざや行け行きて勤めよ國の爲 大きなること成し遂る迄


   長男信一帰省

・肥え太る強きからだのう孫をば 抱(いだ)き帰れる見れば嬉しも

・喜びて帰りしものをやせ細る 手足を見する事の悲しさ

・力(つと)めても健(たけ)き〓していふとも 深き悩みは隠れさりけり

・斯くしては又の会ふ期も如何ならん 語り尽くさん先々のこと

・よしや身は今宵ゆくよも子の孫の 顔をし見れば……

・今暫し生きて此世の行末を 眺めんものを如何にかはせん


   感謝

・たべさしのかゆをすすりて三度三度我爲かゆをにるか我妻

 ※この後数行は自身で消している。

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